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大人とはなにかという問い【人間にとって成熟とは何か】を読んでみて

人間にとって成熟とは何か

このブログを更新(リライト)している今日、9月17日は僕の誕生日です。22歳になりました。

成人してから2年ほどたっている。
20歳というのは法律的に,または数字的に言えば大人になったと言えるかもしれません。

数字で区切ってしまえばその境界線は単純で、大人と子供というのがはっきりします。

しかし世間的に、あるいは社会的にいう”大人”というのはなんなのだろうか。

なんとなく大人といわれて考えたのは、自立はもちろんのこと心の成熟、論理的にも直感的にもしっかりした考え方ができる人なのかなと思っていました。
「しっかりした考え方」これもまた曖昧な表現ですよね。

人間にとって成熟とは何か

人間にとって成熟とは何か
著者 曽野綾子
出版 幻冬舎

大人とは何かという切り口ではなく、「成熟」という言葉選びにセンスを感じました。
単純に大人というよりも、成熟というほうが具体的で、狭義的で、価値があるように聞こえませんか。

たぶん世の中にも「大人」はたくさんいますが、「成熟した人」はそう多くないと言われたら納得できそうです。

著者の曽野綾子さん

初版発行時に82歳、ローマ法王からの十字勲章受章日本財団会長などそうそうたる経歴をもった作者が語る重みのある本でした。反面、年代の違いもあり現代的センスや時代の流れに批判的な意見も散見される本でした。

しかしそんな批判的意見も含め、この本に書かれていることは作者の人生に裏打ちされた、どれも自信にあふれた文章です。
素直に読み進めていけば自然と自己に落とし込めるような素敵な内容でした。

まさに作者の経験と思考を熟成させて集大成にしたような、成熟された本です。

僕の考える成熟した大人

作者は個人の気持ちの内面的な話から、災害時における人々の行動の在り方など外面的な話にまで広く言及しています。

なので僕もその2つの観点で考えてみました。

内面的に成熟してるなと思えるような人は、芯がある人だと思います。

とくに一貫して同じ考えや人道を持つのではなく、いろいろな価値観や思想を持っていてそれらの集合体がその人の内面をつくるイメージ。
ちょっと抽象的な表現ですが…。

そういう意味で芯が通っている人は、個人として存在感がくっきりとしている印象で素敵です。

孫と子供が手を重ね合い年の差を感じる写真

外面的には受けるよりも与えることができるかということです。
さらにいうと、自己犠牲を伴って与えることができるかということだと思います。

ちょっと安直な例えですが、募金に1万円を出せるかという話。
財布に余っている小銭ではなく、自分の生活を少し圧迫してでも他者のために尽くせるかということ。聖書的にいうなら隣人愛。

思いやりや同情だけでなく、他者の痛みに寄り添えるのかということです。

とある夫婦に子供ができたとたん、大人の顔つきになったという話をよく聞きませんか。
子育てをすると親も成長するといわれています。

それは親が自分の時間とお金と労力をかけてでも、守る対象をもつからでしょう。
もちろん子供への愛情をそっくりそのまま他人に当てはめるのは難しいですけど、人として成熟するというのはそういった過程を踏んでいくことなのかなと思いました。

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