イマジネーション

誇られたい、見返したい、大物になりたいという心理

Twitterをざっとスクロールして眺めていたらふと目につくツイートがありました。


通称アユムハンマドさんのツイートとブログ記事。

僕は彼のブログをよく見ているのですが、今回の話の内容は共感できる部分がとても多かったので、ちょっと自分なりにも思っていることを書こうかなと。

木津さんのブログ

彼はブログでポルカへの支援のお礼と、飲み会を通じて受けた恩の話をされていました。
友達から恩を受けて、それをそのまま返すだけでなく、さらなるステップとして下の世代に恩を送ることです。

恩を受けた相手に、やっぱすげーやつだったんだなと思ってもらえるようになりたいと締めくくっています。

詳しくはこちら
大物になりたい | 居候男子

恩を受けたこと

このブログのプロフィールにも書いていますが、僕には両親がいません。
両親がいない子供はどうなるかというと、路頭で物乞いをするわけでも子供実験体になるわけでもありません(笑)

たぶん多くは里親のもとか、児童養護施設で育ちます。僕は後者でした。

ホームステイ制度「フレンドホーム」

ホームステイという言葉はよく耳にすると思います。

高校生の頃にシアトルの一般家庭にホームステイをしたことがあります。
今では限界集落やインフラの整っていない田舎町にホームステイする、「山村留学」なんてものもありますね。

ではフレンドホームとは何でしょうか。
簡単に説明すると、一般家庭の生活をしらない児童養護施設の児童を対象に、祝日や長期休暇に外泊をさせる制度です。

東京都福祉保健局のHPに詳しく書かれています
東京都福祉保険局”フレンドホーム制度”

僕もこの制度のもと、知人の自宅にて受け入れてもらったことがあります。
その知人こそが5歳ごろからお世話になっていた職員であり、僕が10歳くらいの頃に退職されました。
それから18歳の施設を退所するまで、フレンドホーム制度を通じてずっとお世話になっていました。

仕事の垣根を超えた愛情

職員が児童に対して、世話を焼いたり教育をするのは当たり前のことですね(まあ、仕事ですから)
でもその知人は退職後も10年近くにわたって、フレンドホーム制度を通じ僕のそばにいてくれたわけです。

学校の先生でも保育園の先生でもなんでもいいのですが、先生と児童の関係はあくまでも仕事の上に成り立っています。
それ以上でもそれ以下の関係でもないのが普通ですね。

仕事として面倒をみてもらうのではなく、それ以上の恩を僕は受けていたということなのです。
少なからずボランティア精神のような、相手を思いやる気持ち、つまりは愛情がなかったらできないことでしょう。

事実として、僕にとってその人はまるで親のように大きな存在として心にとどまっているし、将来絶対この恩を返したいと思っています。

恩送り

その人は別に与えた恩がいつか返ってくるなんて思ってもいないでしょうし、そんな様子もみてとれませんでした(だからこそそこに愛情を感じるわけですが)

それでも恩を受けた自分としては、その人にそっくりそのまま返したいという気持ちがありますし、さらに恩を送ってよかったと誇ってもらえるようになりたいのです。
それが最高の恩返しではないでしょうか?

見返したい、ビッグになる

「俺はバンドで一旗揚げて世間を見返してやる」なんてフレーズはよくありがちですよね。

僕の根底にもそんな気持ちが多少なりともあります。
とくに大学を辞めたときなんて周りからは、蔑みの目を向けられたことも少なくはなかった(意識しすぎかもしれませんが)

そんなときに感じたのが、見返してやるという反骨心なにか言い表せない漠然とした申し訳なさでした。

この申し訳なさの正体が、恩返しをしたい相手から遠のいてしまったような感覚だったのかなと思います。
そりゃ先行きの不安が大きくなればなるほど、焦りや葛藤も大きくなるものです。

でも本当に信じてくれる人は急いでもいないし、直接的に恩を返せなくとも、僕よりも下の世代のために恩を送って還元すればそれがその人の誇りになるのではないかと。

今回木津さんがブログでうまく言語化してくれたおかげで、考えに整理がつき少し勇気づけられたという話でした。

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