イマジネーション

幸せな人を見ると辛いと思ってしまうときに考えるべきこと

知人の結婚式の二次会帰りに聞いた広告の一節なんですが…。

「あなたは今幸せですか?」と聞かれるとつい身構えてしまいますが。

「Are you happy?」と聞かれるとつい「Yes!!」と言ってしまう。

幸せは案外シンプルで身近なものというようなコピーだったと思います。

他人の幸せの中に自分の不幸が浮き彫りになる瞬間

幸せそうな家族、カップル、友達の集まりなど、楽しそうな輪の中から自分だけがはじき出されているような孤立感を感じたことありませんか。

僕は度々あります。というかわりと頻繁にあります。

そんな時に「あ~いいな~」程度の意識ならいいのですが、「くそ~なんで自分だけ…」みたいな感情が出始めてしまったらヤバイですよね。

素直に人の幸せを喜べなくなって、卑屈な人間になってしまうのではないかと。

隣の芝生は青い?

自分が持っていないものを持っている人をみて、いいなあ~という羨望がいつぞや妬みになってしまうことに気が付いたときの浅ましさほど醜いものはないです。

他人との比較に自分をおいてしまうことが多くなるほど、自分の立ち位置がどんどん不安定になってくるような気がします。

幸せを見る目の気持ちの揺れ

これは本で読んだときにすごく納得させられた話なのですが、幸せそうな対象を目にした時の気持ちには大きく4つの変化があるようです。

人の幸福に対する嫉妬サイクル

微笑ましい…なんか不快…そして怒り…どうでもよくなる…というサイクル。

自分と他人を比較の中に置いている限り、このサイクルから抜け出すのはなかなか至難なようです。

他人のことよりも、自分だけを見つめなおしてみよう

他人の幸せをみたときに嫉妬したり、辛いなと思うこと自体は悪いことじゃないです。

しかし幸せな当本人たちからしてみれば、そんなのは知ったこっちゃないし、何かを解決してくれるわけでもありません。

現状に至るまでの結果は自分の選択からできている

今なにか辛い状況に立たされている人も、現状に満足できず他人の幸せを素直に喜ぶ余裕がない人も。

その結果に至るまで、自分の人生の選択の連続だったと思います。
(中には自分でもどうしようもないことがあったかもしれませんが)

幸せな人にはその人なりの幸せを構築するまでの過程があったはずなんです。

そう考えると人のこと云々よりも、これから自分がどのように幸せを定義してそれに突き進んでいくのかということに集中できますね。

上をみても下をみてもキリがない

幸福度という話に置き換えれば、今僕から見て幸せそうな人はもっと上の幸せを目指しているはずです。

話が広がってしまいますが、資産数十億のIT社長前澤友作さんは欲しいものが尽きないと言います。
世界のどこかには飲める水さえ確保できないような人がいます。

結局、他人との比較の中にみる幸福度というのは、まったくあてにならない指標なんですよね。

自分の中で小さな幸せを積み重ねていきたいものです。

 

こんなことをボーっと考えながら二次会に参加していたので、帰るときにコンタクトレンズが片方いつのまにかなくなっていました。

車には眼鏡を常備しておくといいですよ(笑)

そしてお二人はご結婚おめでとうございます(*’ω’*)

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