雑談・エッセイ

「すぐに謙遜する人」自分だけでなく、相手も下げている時がある

日本人の美徳に『謙遜』があります。控えめな性格は品があって、落ち着いている印象を与えますよね。

ただそんな謙遜が時に好ましくない効果をもたらすことがあるんだなと思う体験をしました。

ユーモラスでリズミカルな文章

とあるエッセイを読んでいたのですが、その内容が実におもしろかったのです。

ラッパーかな?っていうくらい、リズミカルに流れるような文章でした。単調な文章は読者を退屈させるので、読んだ語感、語尾、漢字や和製英語のバランスを意識しています。

そんな彼の書いたエッセイには節々にクスッとくるような、声には出さないけどフンと鼻を鳴らしたくなるような、そんなユーモアが散りばめられていました。

「この人良い文章書くな、センスあるな。」なんて思いながら読み進めていました。

最後の結びまでいくと「こんな拙い文章ですが~」と謙遜の前置きがあって、読者へのお礼でしめられていました。

こちら側としては「え、そんな自己評価低いの!?」である。

謙遜の美徳と罪

へりくだって控えめな様相で接するのは、日本においては旧来の暗黙文化の一つかもしれません。相手のポジションを動かさず(へたに刺激せず)、相対的に相手を高くよいしょできるのはいかにも日本人気質だなと。

互いの立場が明確になっているときの思い遣りという意味では、人間関係を円滑にするうえでもとても有用だとは思います。

しかし前例のエッセイであると、最後の最後にその文章の評価に対する保険を掛けられたような気がするのです。あるいは途中まで「良い文章だな」と思っていた、自分の評価基準まで下げられた気がします。意識していなくても遠回しに見る目がないと言うのと同義ではないでしょうか。

不特定多数の人が見るネット上でのエッセイなので、どこにも角が立たないようにしているだけかもしれませんけど。

ここに謙遜という美徳の影があるような気がします。

そういう意味では自信にあふれる人が、人を惹きつける魅力に長けているのも納得です。

褒められたときに謙遜するか、素直に享受するか、シーンや相手によってうまく使い分けていきたいですね。

ライター
谷口有威
HITOMAGA管理人。本業のかたわら、ブロガー&ライターやってます。コーヒーとカフェがとても好き。写真は5年くらい撮っています。岐阜-一宮-名古屋が主な活動範囲です。
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